美しい没入

ダンスフロアから束の間の帰還、彼は熱心に昨日観たドラマの話をしていた。私も観たよそのドラマ、と言うと身を乗り出して喜んでいたけど、体を私に向けて話しても私を見てはいず、自分の見たもののことだけ思い出しているのがわかるから、悪気なく明るく、心の扉を閉めたまま人を魅了できる彼が私はやっぱり疎ましい。

 

「ラストシーンめっちゃ泣いてさあ、終わってからもっかい観たの、今度は音を消して」とまだドラマの話を続けている。「そうすると主人公の、聞こえてる世界と一緒になるからめっちゃいい」。聾の青年にためらいなく成りかわるその倫理観の逸脱、思いついて実行するスピードの凶暴さも羨ましい。

 

え、踊ってるときには何も考えてないよ。何か考えてるときは集中出来てなくてうまく踊れてないときだな。あんま考えたことない、たとえば腕で羽を表現してくださいって言われたら、その瞬間腕はもう羽になってるんだよね意味わかる? 光を浴びるとき、僕は光そのものになりたいし。べつに人間じゃなくていい。

 

素朴にストイックに、音をつかまえてどこまでも駆けるあなたを見張る役を仰せつかった私のため息、聞こえないでしょう。待っている間の私の怯えに、彼が気づくはずもない。彼について思うことは大抵、「う」で始まって「い」で終わる。残酷なあなたは美しい。